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2019.09.11
インタビュー
花の舞酒造 杜氏 土田一仁
米・水そして人と自然。オール静岡産で挑む魅力あふれる酒づくり!
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出しゃばらない、料理を引き立てる酒

 

 浜松市浜北区宮口、庚申寺への参道には、軒先に大きな杉玉が吊るされた風情のある建物がある。それが花の舞酒造だ。杜氏として名高い、土田一仁さんにお話を伺った。

 

ーーーー 目指しているのはどんなお酒ですか?

 

 味のあるまるい酒。品格がある酒です。

   「静岡の酒といえば…」といわれて、真っ先に花の舞の名前が挙がるとありがたいな。マニアの方だけが喜ぶ酒ではなくてね、気がつけば横にある酒でいたいです。

 酒の原料は出来が天候に左右されるお米ですが、うちの蔵は味のガタつきがない、いつもでも安定しておいしい酒です。社内杜氏がいつも蔵にいて、熟成や管理に目を光らせていますから。でも、まだまだ徹底していくつもりです。

 料理店では花の舞酒造の酒が一番に目立つのではなく、セカンド、サードの立ち位置でいいと思っています。食事の時に優先されるのは、料理やお相手との会話でしょう。楽しいひとときを邪魔しないで引き立てる、名脇役を目指したいです。さらっさらっと、いつの間にか盃が進んでしまって、「あら、飲み過ぎた!」と思うくらいのね。でも翌日には残らないから大丈夫です(笑)。

 「うちのお店に定番のお酒はない。いつも、料理に合う旬の酒を置きたい」とおっしゃるレストランもありますよ。「かっこいい言葉だなあ」と思ってね。うちの蔵も、いつも「旬」でないといけませんよね。

 

ーーーー具体的にはどんなおつまみが合うのでしょう?

 

 その時、旬のものは間違いないです。それから地元のもの。浜松の地のものでいえば、「アサリ」、「モチガツオ」、「鰻」etc.、いろいろあります。おいしい料理には、何にでも合うし、プロの料理人に「花の舞なら間違いがないよ」といっていただくと嬉しいです。意外なことに、静岡のお酒はフレンチやイタリアンにも合いますよ。

 固定観念を持たずにまずは飲んでみてほしいです。ピザやパスタにも合いますから(笑)。焼肉にも合いますしね。いや、焼肉にはビールの方がいいか(笑)。

 

ーーーー お酒はどのように作られているのでしょうか。花の舞酒造は蔵見学をすることができますか?

 

 前もって予約していただければ、私がご案内します。精米の様子、米麹の仕込み、お酒の絞りかたなど酒造りのようすを、実際に工場を見学していただいたり、DVDで観ていただいたりすることができます。絞りたてのお酒の試飲もできますよ。圧力をかけない酒を荒ばしりといいますが、米の味が口いっぱい広がります。私たちも上槽(しぼり)の作業のときは、不思議と穏やかな気持ちになるのですが、見学いただくと、お酒の香りのアロマテラピー効果を感じていただけるかもしれません。

 

ーーーー 日本酒造りのキモ(ポイント)はなんですか?

 

 大切なのは温度。大吟醸の場合、仕込みの温度は5℃くらいから。ゆっくりと温度を上げていって、45日目くらいに一番高い10.5℃に。そこからまた徐々に冷やしていくんですね。大吟醸は酒造りの基本ですから、手作業も多い。その作り方をきちんと習得しないと、酒造りのノウハウが身につきません。ノウハウを知らないと、「どの工程を機械に置き換えていいか」などが分かりませんよね。

 機械化は「酒造りを楽にするためにやっているんだろう」と思われる方がいるかもしれませんが、一概にそうとはいえません。精米や温度管理は、絶対に機械化した方がいいです。今はタンクに温度計があって、想定以上の温度になると冷却水がタンクを冷やします。昔は夜の当番がいて、夜の9時か10時に検温して温度が高かったら、杜氏のところまで行って指示を仰いでいました。杜氏は話を聞いて、「じゃあ、氷を抱かせといてくれ」などと指示していました。今はそういった作業は機械に任せています。これでかなり質は安定しました。その代わり麹を作るだとか、人の目と手を必要としているものは丁寧にやる。要はメリハリです。

 うちの蔵もそうですが、静岡は全体的に冷やす設備は充実していると思います。逆に冬に寒波が何度も来る年が困ります、温める技術はあまりないですから。昔、北陸や東北の雪国の酒がよいといわれたのは、米どころという以前に冷やそうと思えばいくらでも雪があったからなんじゃないでしょうか。雪をタンクに抱かせて冷やせますから。この辺では、いざ冷やそうとしてもなかなか…ね。  

 

ーーーー酵母は熱に弱いのでしょうか?

 

 酵母の発酵は、25℃くらいがいちばん適している温度帯。だから熱に弱いというわけではありません。どちらかというと、うまい酒のために「いかに温度を上げないで低温でゆっくり発酵させていくか」という技術ですね。低温で発酵させると、きめの細かいまろやかな酒になる。

 

ーーーー最近では「吟醸王国静岡」ともいわれていますか?

 

 それはうちの蔵が牽引したというより、静岡県酒造組合全体、「静岡酵母」を開発した沼津工業技術支援センターの力が大きいです。静岡の造り酒屋として生き残るには、コストを競い合う酒を造っていたって仕方ない。その逆で、手間ひまを惜しまず作っていく「盆栽を作るような吟醸酒造り」が静岡の蔵のやり方です。工場で映像を見ていただければと思いますが、大吟醸を作るには本当に手間ひまがかかっています。

 

 

原料の米、水は静岡産にこだわる

 

ーーーー花の舞酒造と静岡県の他の蔵とのちがいは何ですか?

 

 原材料に100%静岡産米(酒造好適米「山田錦」など)を使用しているところです。うちの蔵は、静岡の田んぼで穫れるお米だけで作っています。山田錦だけでなく、うるち米も使っています。山田錦だけでは一升3,000円以下では作れませんので……。

 大前提として、静岡の米の質が良いこと。うるち米もすごくレベルが高いんですよ。狩野川、富士川、安倍川、大井川、天竜川など、一級河川が多いから水がいいんだと思います。山から流れて来る水は夏も冷たいし、生活排水も少ない。稲の作柄の温度調節も、自然とできてるんじゃないのかな。

 山田錦は肥料をあまり与えず、苗と苗との間隔は広めに取って栽培します。すると風通しも良くなるし、葉っぱが固くなって虫も来ない。結果、農薬も少なくていい。いい栽培方法ですが、収穫量は少なくなる。だから価値を認めて、お金できちんと補わないといけません。長年、農家さんには「酒造りの職人が必要としている米をぜひ」と頼み込んできました。農家の中でもリーダー的な方がいて、信頼関係を築いてきたからこそ、リスクがあるのに食米から酒米に鞍替えして作ってもらえた。20年以上前から静岡県産の米だけを使っています。特に大吟醸は県西部地区の米限定です。名実共に、純然たる地元の酒だと思います。

 

ーーーー仕込み水はどこのものを?

 

 南アルプスの伏流水です。やわらかい、酒造りにぴったりの軟水を、地下100mから汲み上げています。ここ(花の舞酒造)から南アルプスがすぐ近いわけではないんですが、浜北区は山がずっと連なっておりまして、地下で水脈が繋がっています。工場見学のお客さまには仕込み水の試飲もしていただいていますよ。

 結局、静岡県は水が良いんだと思います。良い米も水のおかげ。お茶だって、とてもおいしいじゃないですか。いい水が流れればいい作物ができる。

 

 

社内杜氏の矜持とは

 

ーーーー 土田さんは「酒のプロフェッショナル」、社内杜氏でいらっしゃいますが。

 

 酒造りの責任者として、全工程をみています。昔は時期になると、遠方から杜氏を呼ぶのが習わしでした。約30年前、私がうちの蔵に入ったときは「地元杜氏登場!」と注目されたものです。年間そこそこの量を作る蔵でないと、社内杜氏は成り立たないです。杜氏としては、マニアの方だけでなく、皆さんに愛される酒を作りたい。どうしても天候に左右されるものなので、毎年の味のでこぼこを少なくして、気がつけばそばにいつもある、間違いのない酒でありたいと思います。鑑評会での入賞ももちろん大切なんですが。

 

 

ーーーー鑑評会とはなんですか?教えてください。

 

 その年の新酒を競うもの(静岡県清酒鑑評会・全国清酒鑑評会)ですね。私は入社一年目で金賞をもらいました。金賞を受賞したタンクの酒は「金賞受賞酒」と付けることができます。鑑評会当日は一審、二審、三審の結果が聞こえてきますから、裏方を手伝いながらもドキドキしたものです。

 うちの蔵は、私が入った時はまだそんなに吟醸酒を作っていなかったんです。初期の頃、利き酒をしていて、とんでもない酒にめぐりあったことがありました。おいしくてね、「これは酒じゃない!」と思いました。水のごとく、さらっと。口の中でキラキラする、小川のせせらぎのような酒です。その蔵の社長に「これ、なんですか!?」と訊ねたら、「これが大吟醸っていうんだよ」とね。「どうやって作るんですか?」「酒造好適米をよく精米して、発酵させて…」と教えてくれて。

 醸造学の権威、坂口謹一郎先生が「日本酒には七つの味がある」とおっしゃっています。そして、「七つの味が、水のごとくさらっと消えるのがいい酒なんだよ」と。まさにそんなお酒でした。

 その頃うちの蔵の杜氏は能登から来ていて、あまり口数の多い方ではなかったんです。でも、私が鑑定会で多少成績よくなってきた時に、向こうも話をしてくれるようになった。大先輩だけど、お互い勉強し合いました。「こんな酒作ってみたいなあ」と思ったら、「どうやれば作れるんだろう」と考えに考えて、試行錯誤しました。

 尊敬している蔵元の方に教えを乞うたり、他の蔵元の先輩から「男の闘いだな」と声をかけていただいたり、鑑評会では刺激を受けることがたくさんありました。

 

ーーーー 社内杜氏のご苦労はありますか?

 

 仕事ですから苦労はないとはいいません(笑)。でも、水がよくて米がいいから、答え(美酒)は出やすかったですよね。その分、鑑評会で外した時はくやしかったなあ。4年連続1位の後、2位になった時もありました。外した時は「花の舞さん、今年はどうしちゃったの?」なんていわれてね。今年、何をしたわけではないけれど、たまたま結果が出なかった。でも、結果が出なかった理由は追求しましたよね。「何がいけなかったんだろう」って。社内にも、申し訳ない気持ちがありました。営業は営業で、受賞した方が売りやすいだろうから。

 僕が若いころは、倒産しそうな蔵が鑑評会で金賞を受賞して盛り返す、なんてこともあったんですよ。毎年、杜氏に突きつけられる成績表のようものです。静岡県の鑑評会では、聞けばみんなが知っている錚々たる蔵が競い合う。県の鑑評会の1位は県知事賞なんだけど、僕はずっと「県知事」以外はいらない、と思ってました。2位も3位も10位も、1位でなければ同じだと思っていました。逆に、1位から10位までは、そんなに味に差はないんです。僅差を争っていました。紙一重なんですよ。

 

 

地元で愛されなきゃダメ

 

ーーーー花の舞さんの一番のおすすめは何ですか?

 

 純米酒全般です。やはり米にこだわっているので、一番おすすめしたいのが純米酒ですね。ただ、花の舞のラインナップは幅広いので、お好きなものを選んでください。1升1,700円からご用意しています。

 

ーーーー 海外など、販路の拡大は考えていますか?

 

 既にアメリカでは「日本刀(かたな)」という名前で売り出していまして、おかげさまで好調です。逆輸入されて、国内の料理店さんで飲めることもあるようです。県外、海外も視野に入れていますが、地元で愛されるのが一番。東京で売れても地元で売れなきゃ、不思議と寂れてしまうんです。「花の舞の酒はおいしいね」「ちゃんと作ってるね」と地元の方にいわれる蔵元でありたいと思っています。もてはやされなくていいので、一過性のブームで終わらないお酒がいい。

 結婚式の鏡開きの樽酒もご用意できます。「樽酒は何ヶ月も前から予約しないとダメなの?」なんていうお客さんもいるけど、そんなことないですよ。うちはレスポンスよくしてますから、3日前でも間に合ったことがありますよ(営業の方にご確認ください)。ぜひご相談いただきたいですね。

 

ーーーー毎年の蔵開きが大人気ですね。

 

 秋に行われる蔵開きは、今では8,000人以上の人出がある一大イベントになりました。元は地元への地域奉仕として始めたことです。町おこしにも繋がり、ありがたいです。今では庚申寺さんの境内もお借りし、出店が出て、すごい賑わいです。たくさんの方が楽しみにしてくださっているのが励みになります。

 

ーーーー今後の花の舞酒造の展望を教えてください。

 

 静岡県(静岡県工業技術研究所沼津工業技術支援センター)が開発した「静岡酵母」があるように、科学の発達はめざましい。うちの蔵も取り入れられるところには投資して、酒質をますます安定させていくと思います。その上で、酒造り職人が毎年の米の出来を見極めて、うまい酒を造っていく。今後はますます、作り手(酒造)の個性が光る酒が生まれると思います。また、低アルコールで甘口の微発泡の日本酒シリーズには、メロンやユズ、イチゴ、ブルーベリーなどのラインナップがあります。フルーツは全て静岡産。これまで日本酒を敬遠されてきた方にもおすすめしたい、地元ならではの味わいです。

 

  1. 新村康二
    • 新村康二
    • 株式会社マスターピース 代表取締役・株式会社ワードローブ 代表取締役  2019年09月16日

    静岡県は酒蔵が多いと言われますが、浜松市内には花の舞酒造さんのみ。浜松に住み日本酒を好む私としては必ずお話を聞いておきたかった方です。私自身も外食の際は日本酒を口にすることが多いが近年の日本酒のクオリティのあがり方がスゴいという印象。職人の技で長い年月をかけて知識と経験を活かして発展してきた世界だが、近年の日本酒ブームを支えたのはシステム化と科学の力、あとは経営としてマーケティングなどの戦略が浸透してきた結果ではないでしょうか。日本の社会に根付いてしまっていた閉鎖的で感情優先の仕事の仕方ではなく、理論と数値に基づいた分析とつくる人の熱意と経験。理想のカタチが日本酒業界にはある気がします。

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